ここは管理人u16の趣味雑記をのせたブログです
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最近またボカロ熱が再燃してるので私的にビビッと!(見てますよね!当然)きたボカロPを何人かおススメしようかなと。
基本的ににわかですが許して。

1.じん(自然の敵P)

はい出ましたニワカ乙ーと思われそうですが色々考えてるんだって!
最近ボカロについて思うことがあって、それは「ボカロって何が大事なんだ?」ということ。
そりゃ曲だろというのはそれこそニワカである。はっきり言おう。曲ではない。
曲ももちろん大事な要素ではあるし曲単体が好きでボカロを聞く層があるのも事実だが、ボカロにおいて有名になったりよく聞かれたりするPにはある特徴がある。といっても他でもよく指摘されることなのだが、要するにそこに物語があるのである。
ボカロでは何とCDの特典でその「曲」の設定資料集が付いたりする。曲である。何じゃそりゃと思わずにはいられないが、もう今のボカロ曲のうちよく聞かれているものの半分…いやそれ以上がその曲に物語が込められている。試しに動画説明欄を見てみるといい。必ずといっていいほどそこに「歌詞にどういう意味があるか」なんてメッセージが載っている。
わざわざYoutubeでなくニコ動を貼ったのにも訳がある。
注目すべきはコメ欄だ。まーひどい。曲に合わせてコメントするなんてかわいいもんで、その曲の解釈について喧喧囂囂論議したりしている。何という痛さだろうか!だがこの痛さこそボカロの本質である!
思い出してほしい。今をときめくsupercell、その名曲"メルト"の動画説明欄を。
「「恋と戦争においてはあらゆる戦術が許される」 歌詞2発めです。最近違う自分が開花していくのがわかる・・」
これはひどい。今じゃ気取って一作曲家ぶっているが初期はしっかり痛いボカロPだったのである(いや別に今だって十分痛いとは思うけど)。
ブラックロックシューターの謎のマルチメディア展開もその痛さに共鳴した信者たちの暴走としか言いようがない。アニメ化までしたのだ。とんでもないことである。
その後にヒットしたPたち…wowaka、ハチなどなど全て何とも言えない痛さがにじみ出ている。もちろんDECO*27や八王子Pなどその限りではない、楽曲勝負のPもいる。だが信者がつく…つまりそのアーティスト性に価値を持つPは少なくとも俺の知る限り痛さ爆発させている人ばかりだ。
その現在形がじん(自然の敵P)である。
曲としてもナンバガ的なギャリギャリギターに性急なリズム、マイナーコードに文字数の多い歌詞とボカロの流行に沿っている。メロのよさや細かい楽器の鳴りなどは凝っている辺りさすが人気があるだけあるなとは思う。
だが何よりもその歌詞である。
もはや解釈どーの言うレベルではない。ほとんど一つの短編である。かといってわかりやすいオチがあるわけでもなく不条理、ループ、夏、閉塞性…ラノベやエロゲからの影響も伺える時代性のある物語だ。まどマギの影響などというのは無理やりとも思うが、この曲が若いオタクの心をつかむのはとてもよく理解できる。
そう、俺が他のナンバガフォロアー痛Pとじんを差別化する理由はそこにある。
しっかりとした物語と時代性のバランスとでも言おうか。
ブラックロックシューターの地上波アニメは成功する確率があったと思う。原曲は少し古いが未だに人気だし、制作陣も決して能無しではない。予算も潤沢にあったように見えた。だが結果は見ての通りどうしようもない痛いだけのアニメに終わり、売り上げも惨憺たる有様となった。
何故か?
理由はいくつもあろうが、俺はやはり「ブラックロックシューター」というコンテンツ自体の中身のなさ故だったと思う。
原曲の歌詞自体も抽象的すぎたし、キャラを確立した絵師も何か物語を考えたうえで書いたわけではなかった。そのせいで結局シナリオは岡田磨里のエゴを爆裂させたものにならざるを得ず、原作?信者の支持を勝ち取ることができなかったのではないか。
だが「カゲロウデイズ」は違う。
調べてみると、どうやらこの歌詞はある大きな物語の一部であり、他の曲とも世界観がリンクしているらしい。そしてその物語は最近小説となってかなり売れたという。
ちなみにずっこけられそうだがその小説は買っていない。あらすじを読んだが…デュラララとエロゲに影響されたワナビというか、まー難しいところだった(小説は体質的に合わないし…)。ただ漫画はちょっと欲しいなと思っている。
いや、その出来は問題ではないのだ。大事なのはコンテンツに中身(面白い面白くないではなく話がある)があること、そしてそれが支持されているということだ。「ブラックロックシューター」のようなイメージとキャラのみの産物ではない。もちろんイメージ先行な部分もあろう。曲しか聞いたことのないファンも沢山いるだろう。だがそれがアニメ化するとなったら?しかもそれが原曲者の考えた話を忠実に描いた歌詞通りのアニメだったら?それを支持しないというのであればそれこそファンではなかったということだろう。
物語性が重要なボカロ界で、今その先頭にいるのがじんである。他の曲もいくつか聞いたがどうやら音楽的素養も結構あるようだし、ボカロで生きていく心意気もあるように見える。彼の行く先はボカロ界のそれを左右すると思う。ぜひ注目していきたい。

い、いきなり長くなってもうた…。

2.ATOLS

あくまで自分なりの区別ではあるが、ボカロ曲は大きく二つに分けられる。
ロック系とクラブ系である。
ロック系とはそれこそさっき挙げたじんのような、ギターとベースとドラムで鳴らすバンド形式の曲だ。やたら早いリズムだったりディストーション効いてたりと正直何だか似たような曲が多くあまり音楽的には楽しくないが、ランキングではかなり多くの割合を占める。さっき言った痛いPは大体こっちである。
一方クラブ系は何故かダブステの影響をかなり受けた楽曲が多い。ベースやキックの効きも素晴らしくエディットもやたら凝っていたりと本当にそこらのEDMのような曲が多く、かなり音楽的には面白いと俺は思っている。
そこには訳がある。
よく言われる「プロの犯行」というやつである。
つまり宅録でDTMとしてアーティスト活動をやっていた人が暇つぶしにボカロで曲を書いてみたらやたら評価されましたということだ。確かにクラブ系のアーティストであればボカロを使うことは造作もないだろうし、ロボット声を使う抵抗もあまりないだろう。
さて、ここで議論すべき問題が一つ起きる。
そういうものをボカロ界に含めていいのだろうか?
そりゃ当然音楽的にはアマチュアよりずっといいものができるだろう。プロであれば機材も高いものが使えるし、曲作りの知識も経験も豊富だ。音楽としてみてとてもレベルの高いものが作れるのは当然といえる。
だがそれはただの暇つぶしである。それで食っていく気は…まあ売れたらあるかもしれないが基本的にはないだろうし、何よりボカロ界に魅力を感じてその一員となろうという考えは決してないだろう。単純に流行っているからボカロで曲を書いて、小銭を稼げたらそこまで。そういうアーティストを「ボカロ界の実力者」的な扱いをしていいものか?
難しい問題である。曲がいいのは間違いないし、動機が不純だからといってアーティストとして非難すべきかどうかも難しい。大体にして本当にボカロ界に魅力を感じてボカロ曲を書いているPが何人いるのかという話だ。
ただやはり自分としてはそういうのはボカロPとみるのは違うと考える。今のようにボカロというだけで注目される現状だからこそその線引きはしておかねばならない。
そしてその線引きの基準は、やはり「痛い」かどうかだと思う。
さて、前置きが長くなったがそこの境界線上にいるのが彼、ATOLSだ。
最初はエレクトロ系のアーティストとしてCDも数枚出したが、最近になってボカロ曲を作りニコ動にアップするようになった。まさに上でいう「プロの犯行」だ。
道理でその楽曲のレベルたるや半端なものではない。上で張った"ワンダラーズ"などもはやミニマルテクノの域にすら達している、他の曲もIDMとダブステを強く感じさせ、その音楽的素養の高さはボカロ全体でも屈指のレベルだろう。
しかしそれだけでは上の通りただのお遊びである。彼を取り上げた理由は他にある。
明らかに自分なりの世界観…誤解を承知でいえば物語があるのだ。
単純な歌詞の意味でも"バベル""エデン"などは言葉選びに情景描写があるし、それこそ"ワンダラーズ"も「あふれる世界で」というワードをリフレインさせるとさせないでは意味合いが全く違う。あくまで断片的、イメージを想起させるレベルに留めてはいるが、そこに独自の世界観があるのは間違いない…言うなれば「痛い」。
一部で有名になった「イルカの夢でさようなら」というまあ言うなれば恐怖サイトの作者だという噂があったり謎の19秒のアニメ動画を挙げたりと、決して表現を曲だけにこだわらない姿勢はボカロという文化と強くリンクしていると思う。
もちろんそれだけで彼がボカロ界に身を置くという断言はできないが、何よりもまずそこそこ人気があってかつ普通に素晴らしい曲を書くという時点でボカロ界ではかなり貴重である。かなり楽しみなPの一人である。

3.monaca:factory


王道、変化球ときてまあ普通な?Pを。
音楽的には相対性理論やくるりなど邦楽の良質な部分に影響されたバンド寄りのポップス。音の鳴りはいいしセンスもかなりよく、いいアーティストである。歌詞もバカみたいにわかりやすくもなくかといってイミフでもなく、微妙にセンチメンタルなところもあり好みな感じ。
つまんないっちゃつまんないんだけど、妙に痛いだけがボカロじゃないんだねという証明とでも言おうか。こういう普通のPがもっと売れるようになればボカロももっと広がりを持つとは思うんだけど…それじゃ意味ないか。
というか最近のボカロは本当に生音が多くてびっくりする。DTMの性能が上がってきてるだけなのかもしれないが、ある曲ではドラムやミキシングなどを外注していたりしてどんどんボカロ界のネットワークが広がっていくのを感じる。そりゃJPOPなんか聞かずボカロ曲聞くわけだ最近の若い衆は。
そういう意味じゃこの"ショコラと隕石"も象徴的だけど、JPOP丸出しな歌い上げ系は随分減った印象がある。そういう曲はボカロではどうしてもボーカルが弱くなってしまうから当然の成り行きといえばそうなんだけど逆に言えば少しずつミクその他ボカロのキャラというか神格化が薄れてきているともいえる。ただの楽器としか見ていないというか。
まあ要するにボカロ界の成熟部分の象徴とでもいう感じで選びました。

4.かめりあ



さっき書いたけど何でボカロってダブステというかブロステ好きなの?
クラブっぽい曲だとだいたいベースがビヨビヨなってるのは本当に謎。確かに今EDMは流行りだけど…EDMの他の部分はほとんどないし曲構成自体は至って普通なポップスなのになぜか隙あらばスクリレックスみたいなウォブリーベースが鳴り響く不思議。
その中でこれは!と思った一曲。
まず絵がエロイね!大事だよねそういうの!
んでメロがまたいい。さっきの書き方で言えばまさに歌い上げ系で聞いててすごく気持ちいい。大体こういう曲ってPerfumeみたいにあくまで添え物としてのボーカルしか乗ってなくてそこがつまらないんだけど、これは90sJPOPっぽい抑揚が楽しい。でも曲構成はちゃんとEDMのマナーに沿っていて、広がりのあるシンセから盛り上がり→フレーズのあとサビというのは卑怯だが素晴らしい。ヤスタカ臭さの薄いエレクトロというのは最近ほんと珍しいのでとても好感が持てる。かといってトランスでもないし。
歌詞も珍しくPとは違う人だけどいい感じにラブソングなのはグー。
本当にポップスとしていいなぁと。しかしこれはいったいどの層が聞いてるのかというか…コメ見てもスクリレックスすら知らん人が聞いているようだが、もし普通のボカロ層だとするなら中高生がこんな爆音ベースで楽しんでるわけか。素晴らしいことだ。ヤスタカとボカロで今の若者はクラブ音楽を楽しむわけだ。いいと思います!

5.初音階段


ラストはPとはちょっと違うが。
ノイズ界に名だたるあの非常階段が初音ミクとコラボ!…というわけで爆音ノイズの上でJUNKOさんの代わりにミクが歌うのかと思いきや(いやそういう曲もアルバムにはあるんだが)、なんと昭和歌謡カバー。しかもしっとりアレンジ。
なーんだ…と思いそうだがこれがまた異常にはまっててビビる。
まず歌詞が怖い。「あなたが森と思っているものは死んだ人の爪の跡 あなたが風と思っているものはまだ生まれない息子たちの声」。これを感情ゼロのミクボイスで歌われるとその恐ろしさは完全にホラー映画レベルになる。
アレンジはもちろん非常階段がやっており、決して邪魔にならない落ち着いた演奏。そして突然はさまれる非常階段の爆音ノイズ、そして当たり前だが抑揚の全くないミクの歌声が合わさって…俺はこれを聞いてゆら帝の"フランキーティアドロップ"のカバーを思い出した。
ちなみにアルバムにはタンゴのカヴァーも入っている。都会の冷たさをゆっくりと描いたあの歌は、今ミクが歌ってこそその真価が発揮される…JOJO広重さんの意図は俺には痛いほどよくわかる。
ミクは今富田勲や渋谷慶一郎など音楽界の重鎮からのラブコールを受けているが、俺にはそれらはどうも興味が湧かない。とても表面的なコラボレーションにしか見えないからだ。富田勲も渋谷慶一郎も、ミクやボカロをしっかりと向き合ったうえでコラボしているとは到底思えない。はっきり言ってしまえばサブカル連中を満足させるためだけの名前貸しのようにしか見えないのだ。
もちろんそれは非常階段も一緒だろう。JOJO広重さんがしっかりとミクを勉強したうえでこのアルバムを録ったとは俺も思わない(ミクのプログラミングもそこらのPに任せたらしいし)。
だがそういうことではない。このインタビュー(http://ototoy.jp/feature/index.php/2013011700)からは、彼なりにミクと向き合う姿勢が見られる。話題作りでもなく、ジャンル横断というお題目のためでもなく、単純な興味の上でミクとコラボしたという心が。大体にしてこの話自体ボカロのレコード会社側からのものだし、何よりこの二人のコラボがそんな金や話題になるなんて誰も思わないだろう。純粋に向き合い、それに合わせたコラボを考えたのだ。だから単純にノイズにミクを被せるなんてものではない、緑魔子やじゃがたらのカバーをさせるというアイディアに行き着いたのだと思う。
このコラボでボカロが文化的強度を持ったとは思わない。きっとこれはボカロ界に何の影響も及ぼさないだろう。だがミクの力がこんなアングラまで及び、そしてそれをしっかりとキャッチしたという証拠として、俺はこのアルバムを挙げる。

さて5曲。
あまりに偏った選曲過ぎて入門には大いに不適だろうが、ボカロという文化の多様性や面白さは伝えられたのではないかと思う。
最後に、なぜ俺がミクという文化に惹かれるかを書きたい。
もちろんオタクだからである。ボカロはオタクと近い(一緒では決して無いが)。そして俺は音楽が好きである。だから聞く。基本的にはそういうことだ。
だがもう一つある。それは何度も書くような「痛さ」のためである。
今「痛い」という価値観がオタク文化から消されそうになっていると思う。「中二病」と置き換えてもいい。
そういう価値観を相対化して、排除しようとする動きが見られる。あのラノベですらどうも最近痛さから逃げているような気がしてならない。
その中でボカロ界の痛さはあまりに異質である。何の保険も逃げ口上も用意せず、ただひたすらにミクを信じ、ボカロを信じ、熱狂している。
それを若いの一言で済ましてもいいかもしれないが、俺はむしろそこにボカロ文化の魅力を見る。
痛くたっていいじゃないか。何かを盲目的に信じていいじゃないか!それこそがオタクやロックの、ユースカルチャーの強みだったのではないか!何が中二病だ!何が痛いだ!そういうのが好きだからアニメ見て漫画読んでロック聞いてヒップホップ聞くんじゃないか!
もちろん文化に成熟は不可欠である。それほどまでにオタク文化やロックが成熟したといってもいいかもしれない(ただ単に受容者がおっさんになっただけともいえるが)。
だがそんな時こそ若さが必要なのだ。その呼び水としてボカロは間違いなく機能する。そう信じたいものである。
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